文才がなくて申し訳ありません


 「文才がなくて申し訳ありません」と、「拙い文章で申し訳ありません」とを、同じ意味だと思って使ってる人をよく見かけるが、まったく意味が違うでしょ?と思うのですがどうでしょうか。

 文才というのは才能ですよね?
 うまく読ませるとか、面白く読ませるとか、文章構成がうまくて感心させられるとか、そういった類のことですよね?
 基本的な文章の書き方や日本語そのものには問題がなくて、更にその上のレベルの話ですよね?

 一方、「拙い(つたない)文章」というのは、文章として、日本語としておかしな所もある、という意味ですよね?
 才能云々以前の話なのですよ。
 誤字脱字変な言葉の使い方をしてるかもしれないのでそこら辺はごめんなさいね、と。
 まったくレベルの違う話ですよね?

 なぜこのふたつを同じ意味だと思って使ってしまう人が多いのか。

 つまりそういう使い方をしてしまっている人は「拙い文章しか書けないことに自分自身が気付けていない」ということなのかもしれない。