日本人は何のために


『日本人は何のために頑張っているのだろう(哲学) pic.twitter.com/PsuZ9ctJYi 』という『Udさん(@ORENO_URIMARU)』のツイートを見た時に浮かんだイメージをここに残しておこうと思う。

 日本人が頑張ってるのは、「蜘蛛が垂らしてくれた糸に群がって、我先に上がろう、他人よりも上に、糸が切れる前に上に、誰かを蹴落としてでも上に行かなくちゃ死んでしまうんだ!」という状況にも似た、焦りとお互いの首のしめあいによるものだと思った。
 みんなお互いの首を絞めあって「生きることは苦しいことなんだよ!」と言い合って生きてるように感じる。
 「助けあいは美しい!感動する!」と言いながら、「でも現実は違うよね。そんなヒーローみたいなこと恥ずかしくて出来ないよね。ああいうのはフィクションとか演技だから。」と自分自身に言い聞かせながら現実を生きてるように見える。
 これが私が思った現在の日本国内の日本人の暮らし。


「努力すること」は、「苦しいことでなければならない」と思い込んでいる人も意外と多い。

これは「日本人は何のために」とは少し違う話になってしまうが。


訓練や努力が楽しいことだと「それは違う」と言い切ってしまえる人が日本人には多いと思う。

これが実に不思議だ。


訓練や努力を楽しいと思えることはいいことだ。